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「問い」を立て、一緒に考え学ぶ経営スタイル。「まちの保育園・こども園」松本理寿輝×馬場正尊 対談(後編)

「コミュニティコーディネーター(CC)」という職種を置き、子どもを中心に保育者・保護者・地域がつながり合う「まちぐるみの保育」を実践する、まちの保育園・こども園代表の松本理寿輝さん。

CCが生まれた背景や創造的な働き方について議論した前編に続き、後編では保育を軸にした社会のイノベーションに挑む、松本さんの経営思想について掘り下げていく。

教育と社会の接点を増やしたい

馬場 後半では経営の話を中心に聞いていきたいと思います。

今回は神宮前オフィスにお邪魔しているわけですが、この空間に入った瞬間にとてもやわらかい空気感でなんだか安心しました。これは松本さんの思想やここで働いているみなさんのキャラクター、木材を使った内装やエリア環境、すべてつながっているのだろうと思います。

ここをバックオフィスとして、小竹向原、六本木、吉祥寺、この数年で代々木上原と代々木公園にも園が増えていったんですね。ほかにアライアンスの園もある。

園が増えて仕事の幅が広がる中で、どのように現場目線から経営目線に変わっていったのか。そして、新しい事業についても聞かせてください。

神宮前オフィスでは総務、経理、人事、企画、コンサルティング、広報などの業務が行われ、保育園やこども園を日々支えている。

松本 小竹向原、六本木、吉祥寺の後、2017年に「まちのこども園 代々木上原」と「まちのこども園 代々木公園」が開園しました。この2つは幼稚園と保育園の両方を兼ねた「認定こども園」です。

実は、ある考えから自分たちでも幼稚園を運営することに興味を持ったのですが、幼稚園は充足している状態。そこで、「認定こども園」の開園を考えました。

馬場 幼稚園と保育園では管轄も違ったよね。

松本 管轄は違いますが、いま、幼稚園も保育園も同じになろうとする大きな動きの真っ最中にあります。これは歴史的なことと言われています。同じ方向を見ながらも、違う道を歩んできた両者であれば、それぞれの違う経験から学ぶことで、より深い学びにつながるのではないかと思います。いま、保育園と幼稚園は“親友”として学びを深めて行けるといいと思います。

馬場 対立ではなく、ポジティブに考え直すんだね。

松本 代々木公園や代々木上原については、タイミングがとてもよかった。認定こども園をつくってみたいと思ったとき、つくる場所としては、各園を日々周っているので、小竹向原と六本木と吉祥寺の3つの真ん中の「渋谷」に候補地が見つかると理想だよね、と話していたんです。そうしたら、まさに渋谷区で公募があったんです。

「まちのこども園 代々木公園」の土間に開設された「The Children and Community Learning Center(CCLC)」

松本 代々木公園の園には、そこに附属するかたちで、学びのセンター「The Children and Community Learning Center(CCLC)」がオープンしました。

馬場 それはどういう位置付けの施設?

松本 子どもの「学び」に関わる僕たちは、「学び」自体に、意識的で、未来志向でなければならないと思います。保育・教職者像としても、これからは「教える」プロから「学び」のプロへの変容も求められています。

そのとき、自分たちの領域だけで「学び」を捉え、深めていくより、あらゆる世代や様々な領域での「学び」がクロスするところから、これからの「学び」を創造していくことが大事だと考えました。そこで、あらゆるコラボレーションを歓迎し、子どもや地域、もっと言えば、これからの教育・社会のために、「学び」で人がつながる、「学び」のコミュニティの拠点をつくれないかと考えたのです。

代々木公園の園舎は日本様式でつくったので、コミュニティの場であるCCLCは、囲炉裏のある広い「土間」になっています。空間的には、カフェのように使っていただける場や、これからはアトリエもできるのですが、そこでセミナーやワークショップ、各種イベントや展覧会の企画・開催をしています。

この一連の取り組みを充実するために、頼もしいパートナーなのですが、東京大学教育学部と協定を結んでいます。直近では、教育とまちづくり両面で注目されている、イタリアのレッジョ・エミリア市とコラボして、子どもの視点で、子どもがまちを表現したり、案内したりする展覧会を開催しました。

この秋から、保育・教職者向けの定期セミナーが開講する予定です。「専門性の高度化」と「社会的学び」と言っているのですが、子どもたちのため、これからの時代をつくる学校・園の教師・保育者とは? というテーマを中心に置きながら、あらゆる領域の方と協働して、セミナーの開発を進めています。

取材時にCCLCで開催されていた『レッジョぜんぶ』こどもたちによる「まち」ガイド展

松本 実は、ある概念が、CCLCの展開の種になっていたりします。生物学の研究者から聞いた概念で「エコトーン」というものがあります。高山地帯と低山地帯の間、草原から林になる間、あるいは海から川になる汽水域など、何かと何かの間にはなだらかな領域があります。草原なのか林なのか海なのか陸なのかわからない、どちらでもある領域です。

実は、その「間」は、両方の領域の種が交わる場となり、生物多様性に富み、イノベーティブな先駆種が生まれやすい領域だというのです。それが人間の開発等によって分断されると、急に生物の多様性が乏しくなって生態系にも悪影響が生じる。この「エコトーン」を守ることは、持続可能性の観点において大切なのだそうです。

そのとき、僕は「これは社会にも言えるぞ」と思ったのです。つまり、「境界」を設けて、限られた領域だけでやっていくより、社会が変わっていく中では、境界を少しずつ、なだらかにしていくことが大事なのではないか。それが社会全体の「エコシステム」にとって大切だし、イノベーションはその境界を取り払い、別の領域同士が関わったところに生まれるのではないかと。

なので、教育と社会、研究と実践、地域と学校、経済と教育、小学校と園、学校と園どうし、保育者と保護者、もしかしたら、教師と生徒、大人と子どももそうかもしれない。分断されすぎているかもしれないところを分かち合えるように、つなげていく。ある種、境界を曖昧にしていくことを意識しています。

松本 教育は社会を追いかけるものではなく、社会をつくるものであるし、また、教育は、市民みんなのものです。子どものため、社会のために、「社会で、社会とつくる保育・教育」を目指して、あらゆる領域とコラボレーションした学びの機会を用意していきたいと考えています。そして、この場は、保育・教職者向けのみならず、広く市民に向けてもやっていけるのではないかとも思っています。「学び」のコミュニティづくり、それがCCLCのコアとなるアイデンティティです。

また、「まちの研究所」という会社をつくって、自治体や企業とのコラボレーションもしています。子どもと見つけた「思考フレーム」を手渡していきながら、企業の商品開発やブランディングのお手伝いをしたり、子どもとコミュニティのことを考え、企業がつくる保育園を一緒につくったり、ディベロッパーや自治体と「まちづくり」について企画することもあります。

テクノロジー関係の取り組みも、おもしろいことが考えていけそうと感じています。アライアンス園も含め、ネットワークで社会とコラボレーションして、子どもと、子どもが育つ社会のために、いろいろなチャレンジをしていきたいと思います。

馬場 社会と保育が接続していく機会になっているんだね。

松本 「学校・園について、学校・園だけで考えない」という考えが「まちの保育園」の根底にあるので、積極的にうちやアライアンスで取り組むことを始めています。

馬場 保育というコアを持ちつつ、境界を曖昧にしていくために研究センターをつくったりコンサル業をしたり、アライアンスを組んだりして、エコトーン化する。意識的にやっているんだなあ。

松本 そこにイノベーションが起こる気がして。あくまで専門性を深めていきながらですし、園の子どもの環境が優先されるので「無理なく」にはなりますが、あらゆるコラボレーションをチームやコミュニティと楽しんでいけるといいなと思います。そのコラボレーションが、子どもたちにも、「まちの」のコミュニティにも、おもしろいものになっていくことも感じています。

馬場 今までは競争社会で、教育もまさにコンペティティブな時代だったから、競争するためには閉じなくてはいけなかった。今は共につくる「共創」に変わろうとしている。閉じれば閉じるほど取り残されてしまうから、境界を曖昧にして調和してつながっていく方になっている。

完全に経営のモードもコンペティティブではなく、全部横に染み出していくようにしているんだなあ。どんな業界でも、企業の有り方として、そのように舵を切ったほうが豊かで面白いものがつくれるよね。

松本 とにかく、子どもの世界がおもしろいんですよ。これは社会のあらゆる領域とコラボする価値があると信じています。

大きな空と豊かな緑に囲まれる「まちのこども園 代々木公園」

「問い」を発するアライアンス

馬場 これは自分の悩みでもあるんだけど、理想とかビジョンを社員やチームの人たちにどのように伝えている?

松本 これは難しいですよね。僕の悩みでもあります。とにかく、週に一回はどの園にも足を運んで子どもたちと過ごしたり、園のスタッフと関わるようにしていて、そこで、一緒に「まちの保育思考」をつくっていくしかないと、今は思っています。

馬場 僕も松本さんもプレイングマネジャーだから、マネジメントだけに目標はないし、現場でプレーしてないと実感もないよね。

とはいえ、現場にコミットしたいけど全部できるわけじゃない。最初の小竹向原では超個別解をつくる時期だったと思うけど、今はその思考を一般化して、社会から求められるタイミングなんだろうなあと思います。現場の実践者から、どのようにモードが変わってきましたか?

松本 この5年で仕事の幅が広がって、状況は大きく変わりましたね。よく自分の中では、2010年〜2015年を文化創造期、2015年〜2020年までを標準化期、2020年からは創造的破壊期かな(笑)としています。いまは標準化期の真っ只中にいて、そのおおきな取り組みのひとつがアライアンスになります。

まちの保育園だからできる事じゃなくて、誰もがどこでもできるようにしていきたい。自分たちの考えが素晴らしいから押し付けたいとかではなく、「わからないから一緒に考えてくれませんか?」という思いが大きいですね。

同じ「まちの保育園」の理念でも、僕たちがやる場合と別の法人とではやり方が全然違うはずで、そこで気づきや学びもあると思います。オープンソースとしてまちの保育自体を開いて、みんなで考えていく。いろんな所にコミュニティができていくと、まちの保育として自分たちの学びも深くなり、子どもにも還元できることが一番の価値だと思っています。

松本 アライアンスのひとつ、鎌倉のカヤックのチャレンジはすごいですよ。「まちの人事部」とか「まちの社員食堂」とかまちのシリーズがあちこちにできていて、ひとつの社会装置として実現していくのは面白いし、僕はすごくいいなあと思っています。

馬場 一般的な企業のアライアンスは、フランチャイズに近いかたちで「これを守ってください」とルールやメソッドを提供していくよね。だけど、このアライアンスは逆で、「こんな方法あるけど、どう?」くらいの感じで投げかけている。アライアンス先でまちのシリーズが横展開しているのを学んで、「うちもやろうかな!」というように、収穫を得ている。

松本 この動きを馬場さんに束ねていただきたいんですよね。僕たちは保育園の領域ですが、「まちの〜」的なことは他の領域にもあるはずで。それを束ねる「まちのカンファレンス」のように、いろんな業界・地域の人が集まってできたら面白いかなって。

馬場 そうかあ。まちに開いている保育園もあれば、老人ホームや病院や塾もあったり。日本中のまちのカンファレンス!大人気になりそうだね。

松本 いろんな主体者も来るし、行政も来るし、まちづくりの関係者にも絶対参考になると思います。

馬場 なにかの拠点性を持っている団体や組織。それぞれで何が違うのかを考える。

松本 仕組み化を考えていかなければいけないけど、答えを与えるための仕組みじゃなくて、考えるフレームを共につくっていくようなことに近い。

馬場 松本さんの発想のメカニズムが少しだけわかってきたけど、経営も「マネジメントしていこう」ではなく、常に問うていこうとしている。アライアンスも問いを発するひとつの方法。そうなった瞬間に、アライアンスの組み方が支配的じゃなくなる。

松本 主従関係ではないですね。一緒に「まちの」を育てていきませんか?という感じです。

馬場 もちろんメゾットも伝えると思うけど、大きくは理想を共有しているということ。いい方法は限りなく広がった方がいい。マーケットシェアの概念とはまったく逆ということなんだ。

松本 そもそも教育・保育自体が、やっぱり「共創」に理想の姿があると思うからです。子ども達に対して大事な気づきや発見は、どんどんオープンにしてシェアしていくべきですものね。

馬場 これだけ実践しながら、ちゃんと言語化されていることに驚きました。5年前のインタビューから本質はずっと変わらないけど、新しい問いを立ててどんどんチャレンジしている。

今日学んだのは、子どもの教育と会社組織とは一見違うようで、考えることは恐ろしいほど重なっているということ。問いを立てて一緒に考える姿勢が、現代の教育にも経営にもまったく同じように重要で、そこが大変革を起こしているのだと確信しました。

松本 まちのカンファレンス、やりたいですね。

馬場 やりましょうか。じゃあ共同呼びかけ人になってよ。

松本 もちろんですよ。

馬場 カヤックの柳澤さんにも声をかけて、鎌倉でやるのもいいね。これはすごく意味がありそうだなあ。「まちの〜」を考えている全国の人たちがあっという間に集まりそう。じゃあ、次の目標はそれにしよう。今日はありがとうございました。

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